『玉講座その3・実技編』  大駒研修士二年 広瀬雄二  さて、何度か玉屋に通ったあなたは五十センチくらいの 距離の易しい玉はほぼ入るようになってきました。玉出し (次の玉を入れ易い位置に手玉を出すこと)も完璧とはい かないまでも、意識して次の玉の近くまでは行くようにな りました。しかし、易しい玉ばかりはつけません。確実性 から言えば的玉を直接ポケットに入れるように狙うのが一 番良いのですが、時には直接狙うのが困難な場合もありま す。  そんな時にバンクショットが決まればぐんと楽になりま す。昔習った物理の法則を思い出し、 「入射角と反射角は等しいから……」 と、狙うのではないかと思います。最初に計算しておいた 反射位置付近のクッションには行くのに、何故か微妙に外 れてしまう経験ありませんか。では、少しでも可能性を上 げる方法を伝授致しましょう。  さて、なぜずれてしまうか考えてみましょう。ずれる時 は大抵手前側にずれます。つまり、バンクショットでサイ ドポケットを狙った場合、外す場合はポケットよりもこち ら側、つまり元々玉のあった方にずれます。これは、的玉 が横回転してしまうのが原因です。この横回転を与えるの は他でもない、「手玉」です。さて、絵があれば一瞬で出 来るこの解説を、アクロバティック(?)に文章だけで試 みましょう。  まず、このビュッヒェルヒェンの冊子をテーブルに見立 てましょう。そして中央の折り目の手前側を狙うポケット としましょう。的玉は折り目から左へ向かって三分の一、 上から一センチくらいの位置にあります(冊子の縮尺で一 センチです)。そして手玉は的玉の真下、高さはちょうど 冊子の半分くらいとしましょう。いかにもバンクショット の狙い頃といった感じの配置です。さて、以後この配置図 を前提に説明を続けます。テーブル上の状況が想像できる まで、何度も読んで下さい。バンクさせる角度の計り方に はいろいろあります。反射されるクッションを鏡と見立て て、クッションの向う側に仮想的な的ポケットの映像を思 い浮かべる方法が代表的でしょう。その様にして決めたクッ ションの反射位置を狙って撞きます。  さて、冊子上で想像したテーブル配置に戻りましょう。 左ページ中央付近にあった手玉を撞き、真上にある的玉を 狙います。当然向かって右側に反射させるわけですから、 的玉の左側に当たるような厚みを取ります。すると手玉は 的玉の左側に当たるわけですが、この時ボール同士の摩擦 によって、手玉に「時計回り」、的玉に「反時計回り」の 回転が生じます(もちろん上から見た場合です)。さて、 それ以後の的玉の挙動については説明不要でしょう。反射 角が入射角よりも小さくなり、的玉は向かって左側に外れ ます。この「摩擦回転」こそがバンクショットを狂わせて いた原因なのです。ここで用語を定義します。このように 反射角が小さくなってしまうような玉の回転を「逆回転」 といい、反射角が小さくなってしまうことを(クッション が)「立つ」。これとは逆に反射角が大きくなってしまう 回転を「順回転」といい、反射角が大きくなってしまうよ うな玉の動きを(クッションが)「伸びる」と言います。 この例の場合、「逆回転がかかり、(クッションを)立た せてしまった」などのように表現します。  では、その摩擦回転の対策はどのようにしたら良いので しょうか。考えられる方法は二つです。 (一)最初から摩擦回転を計算に入れて、薄めに狙う。 (二)出来るだけ摩擦回転を起こさないようにする。 まず、(一)の方法ですが、想像中の例でいうと、的玉を クッションに入れる場所を、右側にずらすということです。 最初はこの方法が簡単です。一見野性のカンに頼らなけれ ばならないようで、確実性に乏しいと思いがちですが、実 はそうでもないのです(※1)。最初はどのくらいずれる か分からないので、クッションに入れる位置を徐々に右側 にずらしていきます(つまり手玉を出す方向を左側にずら して、厚みを薄くしていきます)。さて、徐々にずらして いき、めでたくすっぽりポケットの真中に入る位置を見つ けましたとしましょう。それはきっと定量的に説明できる のか出来ないのか良く分からない、あなただけの尺度でし か表すことの出来ない「ずらし具合」でしょう。このクッ ションの位置へのずらし具合をαとしましょう。つまり、 ・「入射角=反射角の仮定に基づく反射点」+α の位置に入れればいいわけです。さて、バンクショットの ずらし具合を覚えて幸せいっぱいのあなたは今日は家に帰 り、また翌日やってきました。ところが、αを正確に思い 出せません。当然です、定量的に表せませんから(笑)。 とりあえずやってみようと思って、 「理論値の地点からαだけずらせばいいんだな」 とぶつぶついいながら撞きます。しかし、不鮮明な記憶な ので、【α+ε】の位置に入ってしまいました(※2)。 εが正の場合、このようになります。  εが正 → 的玉がもっと右側にずれた      → 的玉に薄く当たった      → もっと摩擦が激しくなる      → 逆回転がかかり、クッションが立つ      → 予定よりも左側に的玉がずれる 最後の結論からお分かりでしょう。少しぐらいαが右にず れても手玉と的玉の摩擦がそのずれをわずかに補正してく れます。これは、εが負の時も同様で、  εが負 → 的玉の右へのずれが足りなかった      → 的玉に厚く当たった      → 回転摩擦が減少      → 逆回転が弱まり、クッションが伸びる      → 予定よりも右側に的玉がずれる となります。もっともらしく書くと、向う側のクッション を鏡と見立てた手前ポケットの鏡像は線形ではなく、手玉 と的玉の摩擦回転に比例する形で(ポケットが大きく見え るような形で)歪んでいます(※3)。  方法その(一)の説明が長くなりましたが、そのおかげ で(二)の原理はもうお分かりでしょう。つまり、 ・手玉と的玉で回転摩擦を起こさないようにする ということです。想像している例で言えば、手玉が的玉の 左側に当たる時の摩擦を相殺してやれば良いわけです。そ のためには、あらかじめ手玉に時計方向の回転を与えてや れば良いわけです(何故時計方向なのかについては頭の中 でシミュレートして考えて下さい)。手玉に時計回転を与 えるには、当然手玉の左側をつかなければなりませんが、 キュー先をどの程度左側にずらすかは次を目安にすると良 いでしょう(※4)。 ・手玉が的玉にぶつかる位置に相当する部分を撞く 手玉と的玉を共に正面から見た場合で考えましょう。的玉 を右方向に飛ばすのですから、手玉を的玉の左半球に当て ます。たとえば、手玉が的玉の中心線の3ミリ左に当たる としたら、キューで手玉を撞く時も手玉の中心線の3ミリ 左を撞くのです。手玉に回転を与えることにそれほど慣れ ていないうちは、この方法がとても有効です。なぜならは じめのうちは、手玉にひねりを加える時も、「キューを効 かせる」ということをしないので、キューによる摩擦と玉 どうしの摩擦にあまり差がないからです。したがって、手 玉と的玉の接触点の相対速度をほとんどゼロにすることが できます。もちろん頻繁に手玉にひねりを加えるようにな ると、キュー先を微妙にコントロールすることにより、ひ ねりの強さを調整するようになってくるので、一概に手玉 のどの辺をつけば良いかは言えません。もっとも、そのく らいのレベルに達すれば、いちいち考えずにバンクショッ トを決められるようになっているでしょうが。         ・       ・  さて、図解すれば一瞬の解説を無謀にも文章だけで行な いましたが、お分かり頂けたでしょうか。おそらくビリヤー ドをなさる方で、バンクショットがちょっとずれるという 悩みを持たれた方ならお分かり頂けたことと思います。あ とは実践あるのみです。人によりバンクショットの得手不 得手があるのですが、私自身バンクショットは得意と感じ ています。よく、僕が敢えてバンクショットになるように 玉出しをして、そのバンクショットを決めてプレーを続け ている姿を仲間が見ていて、 「全部バンクで取りに行ったら?」 と、冷やかし半分に言われることが良くあります。他の人 達が、バンク角度をキューなどを使って計って狙っている 傍ら、私は今まで述べた理論で撞くので、角度を計るよう なことはせず、「この辺」という感覚だけで撞いています。 むしろ、バンクショットの角度は計ってはいけないなどと と思うようになってしまいました。  バンクショット一つの説明で、こんなに紙面を稼いでし まいました。最初はバンクショットと順ひねり逆ひねりの 話をしようと思っていたのですが、どうやら一つの話題で 精いっぱいのようです。このペースで行くとあと五年くら いは廃人にならなくて済むなと、内心ほくそえんでいるの でありました。 【※1】これは全くの持論です。検証したわけではありま せん。 【※2】当然εは微小量です。すげーでかかったら話にな りません。 【※3】こういうのを本気で研究すれば卒論くらいにはな るかも知れない(笑)。 【※4】これこそ完璧に我流の目安です。独自のものを見 つけて下さい